『きつねのはなし』森見登美彦(森見本全冊レビュー、3冊目)
しんみりと心に不気味な影を落とす奇譚集。こんな作風もできるのか、と森見登美彦氏の才能の奥深さにハッとさせられる作品です。これから読む人のために、ネタバレなしでご紹介します。
森見登美彦『きつねのはなし』読了ツイート
『きつねのはなし』と森見登美彦の文才
森見登美彦は不思議な作家だ。
古めかしく回りくどい言葉遣いで、偏屈で欲求不満な腐れ大学生をコッテリ鮮やかに表現していたかと思えば、
その技巧に頼らずむしろ涼しささえ感じる素直な日本語で、その土地が放つ空気感や、物語に現れる人物たちの耳元で聞こえてきそうな呼吸音までも匠に描写し、なおかつ肝を冷やす「怖い話」もサラリと書いてのける。
森見登美彦の三作目『きつねのはなし』は、後者の妖気漂う森見文学が味わえる奇譚・怪談短編集。
『きつねのはなし』各短編のひとことあらすじ
『きつねのはなし』
「知り合いから妙なケモノをもらってね」
古道具屋「芳蓮堂」のアルバイトである「私」。
店主からのお遣いで託された風呂敷包み。
天城氏との奇妙な取引。そして私を待ち受けるものとは。
『果実の中の龍』
「短夜の狐たばしる畷かな」
私が半年だけよく会っていた「先輩」の奇妙な思い出話。
魔、妖、寝付け、幻燈、キツネ。
ぞくりと走る悪寒。
魔
「そのケモノは、まだ町をうろついてるんですよ、先生」
剣道に明け暮れる修二の家庭教師をする私。
宵山が近づく夏の夜道に、通り魔が現れると言う話を聞く。
水神
「はい、水だとうかがっております」
想い出話に花咲く祖父の通夜。
芳蓮堂の女店主が、祖父に頼まれて持ってきた「家宝」とは…
どの短編も「キツネ」、謎の古道具屋「芳蓮堂」、夜の京都…それぞれの要素が緩くつながり、ひとつの不思議な世界を形成しています。
個人的には表題作の「きつねのはなし」が大好きですが、ラストの「水神」の美しさと怖ろしさは素晴らしいです。
日本人で良かったと思える『きつねのはなし』の怖ろしさ
どの短編も、過激だったりグロテスクな表現はありません。
静かな京都の夜が、人寂しい路地裏が、ケモノと人間の息遣いが描かれていて、じんわりと震える怖さを感じられます。
普段は観光名所としても名高い古都の、裏の顔。
読者を襲うこの独特の怖さは、無自覚に繊細な情緒を感じられる日本人だからこそ、真の意味で体感できると思います。
読みながら「日本人で良かった…」と嬉しくなった作品でした。
ぜひ未読の方は静かな夜更けに読まれることをオススメします。
おわりに:作品名を曖昧に変換
言葉遊びですが、とてもしっくりきたのでお気に入りです^^
ちなみにご存じの方も多いでしょうが、森見登美彦氏の作品にはたぬきが主役の作品もあります。そういった意味もかかっているので、どっちがどっちなの?と曖昧になります。…なりますよね?
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!