途中から、本作のネタバレがあります。
ネタバレが始まる所でまた合図しますので、未読の方はご注意下さい!
38冊目『生命式』村田沙耶香
生きること。死ぬこと。食べること。繁殖すること。
倫理。道徳。臓器。道具。感情。美徳。性欲。食欲。
すべての常識は、世界によって作られ、人々の中に息づく。
要するに、常識なんて、一種の集団幻想なのかも知れない。
異常も浸透してしまえば、それが普通。
『コンビニ人間』で有名な村田沙耶香さんの最新刊ですが、こちらの方が衝撃度は数段高い。衝撃的な描写もあるにはありますが、でもなぜか『コンビニ人間』同様、エグくなく、グロくない。のどかな風景も広がる超異常な世界観と文体。
帯にある「文学史上、最も危険な短編集」という言葉もまさにその通り。言葉なら、文学なら、ここまで表現することを許されているんだ!と感動すら覚えます。国が国なら発売できないでしょう。
本を読む行為が「誰かの世界観を覗き見する行為」だとしたら、絶対に覗いておくべき世界観であり、令和元年に突如現れた破壊的創造主とも言える超おぞましい一冊です。
村田沙耶香先生の最新刊『変半身(かわりみ)』も圧巻です。
↓村田沙耶香『変半身(かわりみ)』の感想・あらすじはこちら
↓村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』の感想・あらすじはこちら
『生命式』はこんな人におすすめ!
頭をトンカチで叩かれたような衝撃を受けつつも、どこか心が満たされていくような不思議な感覚を味わえる、とても自由な一冊です。
ある意味ジョークが通じる人は、絶対に一回読んでみてほしいですね。物凄くお硬い人には、ちょっとオススメできないです…怒られそうだから…
以下からネタバレがあります。未読の方はご注意ください!
『生命式』が破壊する定義・概念一覧
『生命式』は、我々が持っている様々な定義や概念をことごとく破壊してくれる稀有な短篇集です。一体何を壊してくれるのか?まとめずにはいられませんでした。以降ネタバレですので、十分ご注意ください。
『生命式』 | 生と死、恥とセックス、人肉食、葬式、人間という種 |
---|---|
『素敵な素材』 | 生と死、「人間という物質」 |
『素晴らしい食卓』 | 食の趣味、相互理解 |
『夏の夜の口付け』 | 性、年齢 |
『二人家族』 | 家族、性、年齢 |
『大きな星の時間』 | 時間、睡眠 |
『ポチ』 | 動物という価値観 |
『魔法のからだ』 | 性欲と成長、思春期 |
『かぜのこいびと』 | 恋愛感情、フェティシズム |
『パズル』 | 孤独、内臓の定義、アイデンティティ |
『街を食べる』 | 地産地消、自然、文化 |
『孵化』 | 空気を読むということ、性格、アイデンティティ |
※独断と偏見による一覧です
村田沙耶香『生命式』全あらすじレビュー
『生命式』
『生命式』のタイトル作であり、しょっぱなから衝撃度は最高潮に達します。
30年ほど前から、人肉を食べることが当たり前となっている世界。
それまでは人が死ぬと「葬式」をしていたが、この世界では「生命式」という式が一般的で、死を弔いその人の肉を料理して皆で食べる。
生命式には、肌を露出したり色鮮やかな服装で列席することが推奨されている。その場で出会った男女が発情したら、「受精してきます」と告げてその場から退席してセックスをしに行く。
この世界ではセックスのことを「受精」と言い、生命式で故人の肉を食べることで生命力を預かり、そこで受精して妊娠することが何より素晴らしいこととされている。
過去、セックスは人目につかない所で隠れてする後ろめたい行為だったが、今ではその感覚自体がなく、人間という種全体で子孫を繁栄することが当たり前というか、大切という認識がある。
主役の池谷真保は、この文化を理解はしているが、人肉食や生命式での受精行為については「あまり積極的ではない」タイプの女性。思いがけず同僚の山本の死を受け、戸惑いながらも生命式を開催する手伝いをすることになるが…という話。
山本の肉を料理するシーンや、道ばたに落ちている精液…など、なかなかの描写もさらりと書きこなす文体に、嫌悪感よりむしろ親近感さえ湧きかねません。
特に印象的な表現はこちら。
30年前は人肉食がまだなかったことに対して、変わりゆく文化・常識に戸惑いを隠せない真保に対して、海で出会った男性が放った一言。
いえ、思いません。だって、正常は発狂の一種でしょう?この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います
すべてを受け入れ、また狂っていくことができる世界に、乾杯。そう言いたくなるようなセリフ。最後は海に浸かり、男性から受け取った精液を使って受精を試みる真保。とても美しい描写で締めくくられます。
『素敵な素材』
人間は死んだ後、火葬や土葬されるのではなく、骨を「素材」として人間の役に立つことが美徳とされている世界。
- 人毛セーター
- 前歯や腓骨の結婚指輪
- 大腿骨の椅子
- 肋骨の飾り付きテーブル
- 指の骨の時計
- 乾燥させた胃袋をシェードにしたランプ
- 人間の爪をうろこ状にしてぶら下げたシャンデリア
などなど…どれも高級品としてありがたがられている。
ナナはナオキとの結婚を控えているが、ナオキはこの「人間素材」について嫌悪感を持っている。「残酷」だから嫌なのだと、はっきり告げるナオキに困惑するナナ。
「人間素材のものを身に付けたり、インテリアとして買うのであれば、婚約は破棄」
そんな中、亡き父親の皮膚から作ったベールを母から受け取るナオキ。ナナに付けてみると、とても良く似合う。
そしてナオキは、中学校の時に父親と喧嘩してできた傷を、そのベールに見つける。
揺れる感情、動揺するナオキ…
「物質ではなく生物でいられるごく短い時間」という表現が、通常の常識を持つ人間にも深く刺さる一篇です。
『素晴らしい食卓』
それぞれの登場人物が、それぞれの強烈な食への嗜好がある設定。
- 私の夫:「ハッピーフューチャー」で購入した、冷凍野菜がキューブになった未来食
- 私の妹、久美:魔界都市ドゥンディラスの食事(タンポポ、ドクダミ…)
- 久美の婚約者、圭一:お菓子とフライドポテト
- 圭一の母、幸絵:田舎食(虫の甘露煮)
久美が突然、私の家に婚約者と両親を連れてきて懇親のために食事会を開きたいという。
久美は小さい頃から、前世が魔界都市ドゥンディラスの超能力者だったという「厨二病」な設定で、大人になってもそれを実践していた。なので食事も変わっている。(一応、カレーなど普通の食事もできる)
婚約者の圭一からの指示は、「魔界都市ドゥンディラスの食事」をフルテンションで圭一の両親に振る舞ってほしい、というもの。
圭一の両親を迎えて開催された食卓。当然戸惑う圭一の両親。慌てて「田舎の食べ物ですが」と出した虫の甘露煮も独特すぎる。その他の食べ物は…と思っても、家にはハッピーフューチャーフードしかない。まさに地獄の晩餐です…
それをみた圭一は、これこそがまさに見たかった絵だ!と言い放つ。その意図は…
皆それぞれの食の趣味が異なるが、それを受け入れなくてもいいんだ!という主張を実証するために強烈な一手が打たれた食卓。新たな常識と本質を痛快に突きつける一篇。
『夏の夜の口付け』
芳子はキスやセックスの経験がない75歳。人工授精で二人の子どもを生んでいる。
菊絵は同い年の友人。結婚経験は無いが、セックスは大好き。
二人の何気ない会話。そして、「わらびもち」は男の子の舌に似ていて、キスしているみたいだから好きだという菊絵。
芳子は一つわらびもちをもらい、噛みちぎる。
「激しいキスねえ」と笑う菊絵。夏のある夜の一コマ。
『二人家族』
この話にも、芳子と菊絵が登場します。
芳子はガードが固い、菊絵は超奔放、その他の設定も限りなく『夏の夜の口付け』に近いのですが、自信はないけど私の弱い読解力で言うと、おそらく、同一人物ではありません。なぜこんなややこしいことをするのか…
(そしてしかし、同一人物であろうとなかろうと、実際はあまり本筋には関係がない。同姓同名のキャラクターが織りなすパラレルワールド、という感じだと理解しています)
菊絵はガンで闘病中、芳子が面会に来た情景で始まります。
二人は高校の同級生。当時「30歳になっても結婚できなかったら、一緒に暮らそうね」と言っていた。そしてそれを二人は実際に守り、30歳から一緒に暮らしていた。
人工授精で生んだ子どもも今では巣立ち、また二人で暮らしていたという。世の中からは変わった二人扱いされてきたけど、人生なんて自分たちで決めればそれでよい。
ガンが発覚してから、遺言のような私小説のようなものをノートに書き記す菊絵。
病室の外は雪。そして…
『大きな星の時間』
ある国に引っ越してきた少女。そこでは、魔法の砂のせいで人々は眠ることがない。むしろ、眠れない。
昼のことを「大きな星の時間」と呼び、夜のことを「小さな星の時間」と呼ぶ。みんな、大きな星の時間は光が強すぎて嫌いで、小さな星の時間の方が好きなのだそう。
ある男の子に出会う。彼は「大きな星の時間の方が好き」だった。
別の国から来たことを告げると、「眠った事があるの?」と驚かれる。
そして同時に、この国に住むと、一生眠ることができなくなるという事実を知らされる。
ショックで涙が止まらない少女は、「大人になったら一緒に気絶しましょう」と提案する。
『ポチ』
ユキは、学校の近所の裏山にペットを飼っているという。その名はポチ。
ミズホに「二人だけの秘密だよ」とポチを見せてくれた…小屋にいたのは、スーツで四つん這いのおじさんだった。
ミズホは最初は気味悪がったが、どうやら危険ではないらしい。コッペパンを牛乳をあげると嬉しそうに食べる。
ポチの鳴き声は「ニジマデニシアゲテクレ」。ユキはポチを「大手町」で拾ったらしい。大手町より、学校の裏山での生活の方を気に入っているのだろう。
この話には、何の理由も説明もない。ただただ異常だと感じましたが、私も大手町で働くビジネスマンを見ていると、なんだか他人事には思えない話なのでした。
『魔法のからだ』
中学1年生の瑠璃は、人より体が大きく、胸も大きく、大人っぽい。皆から「進んでる」と思われることもあるが、「進むって、どこへ?」と思う。
瑠璃が一番「進んでる」と思うのは、同じクラスの誌穂だ。
誌穂は中1の夏にセックスを経験済だ。しかし、その行為をした理由が変わっている。性欲からでなく、「彼の皮膚の内側に行きたくなった」からだという。自分の意志で。
キスもそう。他の女の子がいう、下ネタっぽいいやらしさはなく、単純に「相手の内臓に触れたい」という純粋な気持ちで行っているという。
そこまで話をしてもらい、瑠璃になら、自分の秘密を打ち明けようと誌穂は思う。男でいうところの「夢精」をする夢。一人でする行為にも近い感覚。光が、星屑が弾けるような感覚。それを受け入れる瑠璃。安心する誌穂。
大人への階段をゆっくり昇っていく、ある夜の出来事。
『かぜのこいびと』
奈緒子が小学校一年生の時に、父親が買ってきて吊り下げられている部屋のカーテン。
カーテンのことを奈緒子は「風太」と呼ぶ。
奈緒子の成長、ユキオという彼氏との出会いと別れ。それをすべて部屋で見ていた風太。
話はすべて風太の一人称で進む。どう読んでも、風太が人にしか思えないが、この感覚は何なのだろう。とても奇妙で、風のように心地よい話。
『パズル』
早苗は他人を見ていると、その内臓や分泌物を空想して「生命の躍動」を感じて嬉しく思う。その早苗の視線はとてもポジティブに映るらしく、皆嬉しがる。
しかし当の本人は、自分の肉体や汗、排泄物などに「生き物らしさ」「自分らしさ」を感じない。それが苦痛だった。
ある日、夜のオフィス街のビルを見上げ、早苗は気がつく。淡い灰色のビルに映る赤黒いものや生白いもの。
「ビルの内臓だ。」
直感的にそれを理解した早苗。視点を変えると、自分も町を構成する内臓の一つにすぎない。であれば、自分に自分らしさを感じなくたって、それでいいのだ。
そしてある事件をきっかけに、早苗には人間はもう「臓器」としか見えなくなる。ある一つの暴れる「心臓」を強く抱きしめながら、恍惚に浸る早苗だった…
本作で唯一、不安感が高い一篇。個人的には『生命式』の次に大好きな話です。
『街を食べる』
本当に生きるとはどういう意味だろうか。
理奈は都内に住んでいるが、あるきっかけで、地産地消…公園や路地に生えている雑草などを料理して食べるようになる。本当に暮らしている土地のものを食す。大地が育んだ栄養が体に流れ込む。素晴らしい。
最初は気味悪がられたが、同僚の雪ちゃんに、自然に理解してもらえるレベルの食事を共有して、こちらの感覚に徐々に引きずり込む。
雪ちゃんの思想をも食べていく感覚。これこそが究極の「街を食べる」感覚なのだ。次のターゲットは誰だ。
とても宗教チックな話で、嫌いじゃないです。というか、都内で地産地消するだけでこんな爽やかおぞましい話に仕立て上げてしまうなんて…村田沙耶香さんの極めて危ないセンスが光る一篇です。
『孵化』
結婚式に呼ぶ友達を決めているハルカとマサシ。なかなか決められないのには、一つの理由があった。ハルカには「性格」がなく、場の空気に合わせて器用にキャラクターを変えてしまうから、何人もの「ハルカ」がいるのだ。あらゆる世界の友人を集めた時、自分はどの「ハルカ」になればよいのだろう?
一度作られた「キャラ」は、コミュニティがある限り生き続ける。マサシは、ハルカのことを「アホカ」だと信じて付き合っている。
マサシには「6人目のハルカ」として、真実を打ち明けることにした。
強いショックを受けながらも、それに呼応するように、マサシから「新しいマサシ」が生まれた。
「ハーちゃん」「マザー」そして訪れる、「絶望」…
笑えるような、全然笑えない恐怖の短篇でした。
最後に
本書の異常性、ぜひ味わって新しい扉を開いてほしいと思います。
すごくおすすめしたいけど、誰にもおすすめできない。でも読んでほしい。心から。
きっと、楽になれると思います。
村田沙耶香『生命式』の目次
生命式
素敵な素材
素晴らしい食卓
夏の夜の口付け
二人家族
大きな星の時間
ポチ
魔法のからだ
かぜのこいびと
パズル
街を食べる
孵化
村田沙耶香『生命式』の読了時ツイート
最後までお読みいただき、ありがとうございます!