こんにちは。最近暑くなってきましたが、エアコンをつける/つけないの踏ん切りがつかないまま、「まずは」何がまずはか知らないけれど扇風機を出した右脳迷子(@unoumaigo)です。素直につければいいのにね。
20冊目『遠い海』井上靖
今回は明治の文豪、井上靖さんの『遠い海』をご紹介します。言葉の一つ一つが丁寧で、読みながら心が暖かくなるような素敵な短編小説です。
『遠い海』井上靖
文庫: 195ページ
出版社: 文藝春秋 (1982/1/25)
井上靖『遠い海』の成分表示
本書はいわゆる「大人の恋愛活劇」という感じで、少し暗い空気の描写もあるのですが、読みやすく、それでいて深い。ユーモアも随所にあり、読み手の気持ちは暗くならずに最後まで読み終えることができるでしょう。
実は、本作品はNHKの「朝の連続ラジオ小説」として昭和37年に書き下ろされた作品なのだそうです。それだからか、全編通して会話のやり取りが割合多めなのも読みやすさの一因でしょうか。
井上靖『遠い海』のあらすじと感想
一言で言うと男女4人と、亡き美女1人による、4,5角関係。
ですが、直接的な恋愛や、肉体関係が描かれる様なものではなく、「思慕」の想いがその中心となっている上品な物語です。
「男の思慕」×「女の嫉妬」
この構図で繰り広げられる心のふれあい。そして流石にラジオドラマだけあって、徐々に新事実が明らかにされながら、鮮やかに場面は展開していきます。
登場人物
幹史三郎…実業家。結構金持ち。
幹 波子…史三郎の妻。
大聖寺華子…故人。史三郎や円藤と演劇に興じた過去あり。とても美人だったそう
大聖寺英子…華子の娘。画家を目指し絵の勉強をしている
円藤正之…演劇の演出家。独身。史三郎とは旧知の仲。波子にプロポーズ経験あり
常磐…史三郎の秘書。真面目だが、実は結構おしゃべり。
あらすじ
シーン1:史三郎×波子
海外に出張する史三郎を見送る波子。波子はとても不機嫌。
見送った波子は、秘書の常磐に「大聖寺英子」の所へ車を回すように指示する。
シーン2:波子×英子
初対面。のっけから愛人と疑われる英子(ちょっとかわいそう)
2年前から史三郎に、お金をもらっていたらしい。そりゃ疑われるわ。
でも、肉体関係は何もないと言い切る英子。不服そうな波子。
シーン3:波子×常磐
「英子について、知っていることを洗いざらい話せ!」と迫る波子。
「愛人じゃないと思う。亡き母親を知っていて、非常に母親似だったから同情したんじゃないですかね?」と返す常磐。
→波子は激怒、憤慨。。。
シーン4:波子×円藤
史三郎に「円藤に会うな」と止められていたけど、うりゃっ!と突撃となりの晩ごはん。
大聖寺英子について聞かれ、微妙な回答をしてしまう円藤。しかしそこでの円藤のセリフで、好きなセリフがあります。
人間のやることって、大抵のことが、たいした意味はありませんよ。箸の上げ下げでも、意味を付けて、重大に考えれば、深刻になります。併し、そうすることは滑稽だと想います。
好きな言葉ですが、なんとなく言い訳してる人みたいな感じがしますね。当然、波子はなんとなく違和感を感じます。帰宅後、円藤と史三郎と華子が写っている写真を見つけた波子。
シーン5:波子×円藤 2ndステージ
さらに円藤を問い詰める波子。そして、英子に会って、もう史三郎に会わないように説得してくれと頼まれます。なんという恐ろしい指令なのか。そして、それをしぶしぶ了承する円藤。了承するんかい!女の嫉妬は周りに影響をもたらしている…!
シーン6:円藤×英子
お金をもらっていたことを「良くないと知りつつ、でも学費に困ってたから…」と英子。
史三郎には結婚したほうがいいよと言われていたそうだが、やっぱり絵が描きたい!英子。
円藤の誠実さに打たれた英子はもう史三郎には会わないと約束します。
シーン7:史三郎×常磐
海外出張から帰国した史三郎「フー疲れた。どうだい日本の様子は?」
常磐「奥様が大聖寺英子さんのことを調べて、激怒りしていますよ」
史三郎「えーっ…」
シーン8:史三郎×波子
史三郎「常磐から聞いたよ」
波子「華子さんに似てるんでしょ?」
史三郎「えウソ、そこまで知ってんの?円藤にも会ったんかい…勘弁してくれよ〜」
シーン9:史三郎×円藤
久々に会って、最近のことを話す二人。どこか壁を感じる。まぁしょうがないよね。
シーン10:史三郎×英子
突然英子の元を訪れる史三郎。英子は円藤の約束を自分なりに解釈して、顔は合わせず、壁越しに会話するという荒技で約束を守り切る。やったぜ英子!
シーン11:英子×円藤
銀座でばったり再会する二人。史三郎には会わなかった独自の作戦を円藤に話す英子。
円藤「え…それ、めちゃめちゃおもしろいやんけ!」
英子「褒めてくれるのは嬉しいけど、心苦しかったから次来たら会いますよ」と約束破棄。
ここでの、円藤のセリフが本作品の中核と言えましょう。
人間というものは、みんな遠くに見える海のようなものを持っていますよ。眼をつぶると、どこか遠くに海の欠片のようなものが見える。そこだけ青く澄んでいます。幹君も、恐らくそうした遠い海を持っているんだと思いますね。その遠い海は、幹君の場合、あなたの亡くなったお母さんなのでしょう
シーン12:常磐×英子
常磐「史三郎と波子が喧嘩してて、呼べって言われたから来てくれない?」
英子「えーっ!?」
シーン13:史三郎×波子×英子
英子「揉めないで!私、円藤さんと結婚します」
史三郎・波子「えーーーっ!?」
シーン14:史三郎×波子×円藤
史三郎「英子が君と結婚したいそうだ」
円藤「えーーーーーーーーーーっ!?」「でも、それもいいな」
シーン15:円藤×英子+史三郎×波子
円藤×英子の結婚話はうまくいき、心あたたまるフィナーレへ…
ざっくり流れだけですが、こんなお話です。ぜひ井上靖師匠の言葉の数々に心を動かされる上品な時間を実際に体験してもらいたいなと思います。
『遠い海』井上靖
文庫: 195ページ
出版社: 文藝春秋 (1982/1/25)
井上靖『遠い海』にあう曲
女性側からすると割と愛憎劇に見えるも知れません。でも僕にはどうしても男性側の「思慕の念」に共感できる部分が多くて、なんというか切ない、それでいてノスタルジックな、やがてじんわりあたたかいお話でした。
ということで、またよく登場しますが今回はスピッツの「日なたの窓に憧れて」を一推しさせてください。美しく切ない歌ですが、僕はこの曲にも狂気的な「思慕」「執着」の念を感じます。メリーゴーランド、メリーゴーランド…
井上靖『遠い海』の読了時ツイート
20冊目
井上靖『遠い海』1人の亡き美女を取り巻く、4人の男女の心の触れ合い。
重苦しい場面や雰囲気も、温かみある一流の表現で優しい気持ちで読み進められる。明治の文豪のなせる技か。
昭和37年のNHKラジオ小説だったらしい。願わくばリアルタイムで味わいたかった!心がほぐれました。#読了 pic.twitter.com/ELDQlSzcxZ
— 右脳迷子@読書・音楽・仕事 (@unoumaigo) February 25, 2019